ザ・普通人間【カーリー】のぶっちゃけ赤裸々プロフィール





初めての方、はじめまして。

カーリーです。

またお越し下さった方、ありがとうございます。お元気ですか?

ここは、このブログのオーナー【カーリー】の自己紹介ページです。

このブログを書いているヤツはどんな人?

なにを思って、どんな経験をして、この記事を書いてるの?

こんな風に思ってくれた方に向けて、詳しく自己紹介しようと思います。

 

先に言っておくと、わたしは意識高い系でもスゴい経歴があるでも、特別な経験をしているわけでもありません。

ごくごく普通のダメ人間(?)です。

そんなダメなわたしでも、発信したい理由や発信を続ける理由があります。

興味を持った方は、長文なので休憩をはさみつつ、最後まで読んでいただけたら幸いです🙏

(ダメ人間につき、ネガティブ多め注意)

ザ・普通人間【カーリー】が発信する情報

わたしはこんなことを発信しています。

  • ミニマリズム
  • エコな暮らし
  • 旅行
  • 人生を楽に生きる方法

以前はこのブログで旅行や働き方、ライフスタイルについて発信していました。

現在は【エシカルやってみる】とブログ名を変えて、地球や人、動物みんなに優しくシンプルに暮らすアイデア、楽に生きる思考法などについて発信しています。

ブログ更新のお知らせもしているので、ぜひ @_car__rie_をフォローお願いします🌟

 

【カーリーの仕事】お家で働くフリーライター

わたしはフリーライターです。

用がない日と仕事する日の 99.2%を家の中で過ごします。外に出るのは買い物と、猫を探しに行くときです。

引きこもりでヤバい?

いえいえ、心配は無用です🌟

みんなと違う生き方をするには苦労もありますが、家の中で過ごすのが大好きですし、その方がパフォーマンスが上がるので。

今の暮らしには満足しています。

自分に合わないことをして、心と体を壊すのはイヤですから…

 

10年続けた料理人を辞める決断

わたしは元料理人です。

18歳から飲食に身を投じ、飲食に一生を捧げるものだと思っていました。

でも、無理だったんですよね…

「飲食で一生やっていく」という気持ちは、本心じゃなかったから。

子供にありがちな思い込みかもしれません。大人になったら会社で働いて結婚して、子供を作って一軒家を建てる、みたいな…

 

「一つの仕事を一生やる」というのも、社会が作ったマヤカシです。

それに化かされちゃったんですね。

社会が用意した【理想の人生】に乗っかることに疑問すら持たなかった。人生ゲームの通りに生きていけば、幸せになれると思っちゃってたんですね。

今思えばただのバカなんですけど。

自分がやりたいと思っていた飲食も、全部ウソなのか… って思ったら、当時は辛くて辛くて。

だから、逃げました。

 

人生に疲れた|1人で静かに暮らしたい

10年で心も体も疲れ切りました。

どこへ行っても人並みになれなかったわたしは、社会不適合者です。

人と接するのが苦手で、細かい作業だってそこそこにしかできないのにアイデアを考えるのもダメで、感覚でしか行動できない。

他人の目を気にしてばかり。

言いたいことが言えず、傷ついたり怒ったりしても、無理矢理でもヘラヘラ笑うことが唯一の自己防衛でした。

なのに、笑えば笑うほど、心は切り刻まれていきます。

泣きたくても泣けないくせに、親や友達に惨めな姿を見せたくないプライドだけは持ってる。テーブルやスマホに八つ当たりする力もない。

そんな自分がとにかく大嫌いでした。

 

この世でまともに生きるには、自分を犠牲にするしかないと思っていました。

成功できなくてもお金持ちになれなくてもいいから、とにかく自分らしく生きたい。自ら死ぬ勇気はないから、せめて自分だけは自分を認めてあげたい。 人並みに生きたい…

それだけでした。

 

わたしは【HSP(敏感な人)】

病気でもないし困ってもいないのですが、わたしのことがイメージしやすくなるかなと思って、お伝えします。

わたしは HSP です。

HSP とは ハイリー・センシティブ・パーソン(敏感な人) の略

一般的には「敏感な人」とか「生きづらい人」とか呼ばれます。

確かに、HSP は人の存在や気配、動き、音、光、ニオイなどにとても敏感です。人付き合いや外出に人一倍 気合と体力が必要なので、ちょっと大変なこともあります。

でも、それで生きづらいと思ったことは、一度もありません。 

 

内向的で口下手、心配性、神経質などが HSP の特徴といわれます。

その反面、共感性が高くて聞き上手であり、物事を深く考えることに長けていて、クールな内側に大きな世界観を持つ情熱家です。

こういう一面もあって、わたしは人生に悩んでいました。

でも、そのときはまだ HSP という概念を知らない頃。

自分が HSP だと分かってからは、世界が良い方向へ変わり、格段に生きやすくなりました。

 

フリーライターになって3年|こういう生き方があってもいい

ライターになって約3年。

吐くほど悩んだ末、転職してよかったです。

身を粉にして心を失くして働くことが辛くて、悲しくて、そんな選択しかできない自分がどこまでも大嫌いだったので…

いわゆる「普通」ではないけど、自分を肯定しながら生きられる毎日。

生きることも仕事も楽しくなったし、自分で自分を存在してていいと認めてあげられたことが、なによりも嬉しいです。

こんな日が来るなんて、当時は考えられませんでした。


【社会人デビュー】料理人に向いてなさ過ぎて人生どん底

やりたいと思って始めた飲食は、自分にまったく向いていませんでした。

「好き」と「得意」は違いますよね。

それを分かってなかったから、めちゃくちゃ悩んだし、辛かった! いいことなんて1個くらいしかなかった!

それは自分のせいです。

飲食業界に問題があると言いたいわけじゃありません。( 問題がないと言えばウソ… )

とにかく、間違っちゃいけないところを間違ったので、人生はどん底もいいところでした。

 

社会人1年目 飲食業界の闇に病む

社会人1年目で「これが飲食の闇か」と思い知りました。

パワハラとモラハラの毎日です。

普通の会社で包丁を突き付けられたら警察沙汰ですよね。殴られはしませんでしたが、蹴りは毎日。死ねとかゴミとかの暴言も毎日。

学生のときに軽いイジメを受けていたので、免疫はあると思っていたのですが…

毎日 自転車通勤しながら、車が突っ込んでこないかな… 工事現場の鉄筋が落ちてくればいいのに… なんてことばかり考えてました。

自分でもゾッとします…

 

そんな調子で1年ほど経った頃。

オーナーシェフが手術で入院のため、店を一時 閉めると言い出しました。 幸か不幸か、逃げ道が見つかったわたしは、そそくさと退職。

辞められて一安心でしたが、1年経たない内に辞めてしまった罪悪感に苦しめられます。

 

社会人3年目 セルフブラック病

ちょっと心を休めようと、アルバイトを始めました。家族経営の洋食屋で、調理補助とホールの仕事です。

問題はゼロではないものの、バイトには本当に良くしてくれる経営陣でした。

仕事は順調でほぼ社員扱いになりましたが、副業が禁止されていないのをいいことに、わたしは別のお店でアルバイトを始めます。

セルフブラックの始まりです。

 

仕事は両立できていて、人間関係も順調。

お金もけっこう稼げていて「飲食でも楽しく働けるじゃないか」と思っていたところ、体が動かなくなりました。

最長で1日20時間、42連勤…

本来ならそんな体力も根性もないのに。

完全に頭がイッちゃってました。

ベッドから起き上がれないので、横たわっているしかありません。訳もなく手が震えることもあったけど、なんだか怖くて病院には行かず…

退職して体を休めるのが精一杯でした。

 

社会人6年目 病院送りで即クビ

3年ちょい働いた洋食屋を辞めた後は、自分の専門に戻りたくてフランス料理店に入店。

仕事の質にとてつもないこだわりがあるシェフだったので、1年目のシェフとは違った意味でかなり厳しかったです。

質もそうなんですが、信用をとても重視する人でした。

自分が任せられると判断した人にしか食材を触らせないんです。

まあ、そのこだわりから生まれる料理は、ズバ抜けて素晴らしかったですけど…

 

わたしはシェフの強いこだわりを再現するスキルを持っていませんでした。きちんとした料理人の仕事をしたのなんて、社会人1年目だけでしたから…

毎日 怒鳴られたり無視されたり…

半年も保たなかったです。

夜まったく眠れないのは自覚していて、店で倒れました。病院で休んでいたら、留守電に「明日から来なくていい」と入っていて…

さすがに爆笑ですね、ココは。

自分の専門分野を磨こうとワクワクしていた矢先でしたから、余計に辛かったですが…

翌月きちんと給料が振り込まれてたことだけが、唯一の救い。

 

社会人7年目 心から初めて仕事が楽しいと思えた

フランス料理店を辞めた後は、カフェでアルバイトを始めました。そこでは料理に一切触れず、ホールに専念することに。

カフェといってもフランス料理をベースにしている店なので、専門性も活かせました。

この切り替えが成功します。

接客には戦略が必要だと理解したし、初めて先輩や後輩ができて、みんなで協力しながら働けるのが楽しかった。

自分は人と接するのが苦手だと思っていたけど、実は真逆だったんです。

人を観察したり人の気持ちを察したりする能力が人より優れていることに、接客をしてみて初めて気づきました。

それもこれも、イジメの経験と引っ込み思案な性格のおかげ。

人の目を気にして、相手の機嫌を伺う生き方しかしてこなかったからこそ、身についた能力です。

 

今でも他人に自ら積極的に絡むことはありません。苦手意識はあるけど、人と接する能力はゼロじゃないと思っています。

「好き」と「得意」は違うんですね。

この違いに気づけたら、だいぶ救われました。

わたしを必要としてくれた上司、いつも気遣って指導してくれた先輩たち、たまにはグチって支え合いながら働いた同僚たち、慕ってくれた後輩たち。

みんなに感謝しています。

 

社会人10年目 超絶ブラック企業とこの世で最凶のお局

カフェでの仕事は順調でしたが、恋人と別れて引っ越しせざるを得ない状況になります。

ここで目が覚めました。

高い家賃を払ってまで東京に住み続けたいのか…

仕事こそ楽しかったですが、そこで一生働くのはなんか違うし、死ぬまで飲食を続けていくのは果たして可能なのだろうか…?

今になって思えば、無駄なモノのために家賃を払い続けていた一人暮らしの経験が、わたしのミニマリズムの原型なのかと。

色々と考え、思い切って地元に戻りました。

 

そこでまたスゴいのに出会いました!絵に描いたようなブラック企業とお局の登場です。

もちろん、企業の表向きは「残業などせず定時で帰れ」ですが、現実はそうもいきません。

人手不足でアルバイトはタダ働き。

1日に3時間以上のサービス残業はザラでした。

もちろん有給などありません。

お局は(アルバイトなのに)わたしをイビって残業を強制。プライベートにまで土足で侵入し、自分の武勇伝を語ってきます。

若さや独身を理由に年下をイジメたい年上の女性って、どこにでも出没するんですね…

この人のおかげで心を殺す術を覚え、一生モノの腰痛を手に入れました!

 

飲食を辞めて色んな経験をする

控えめに言ってもクソな職場と人揃いだったので、地元での仕事は終了。

ズルズルと2年くらい働きましたが…

ここまでの経験で「飲食は辞める」と決意します。

辞めた後はちょっとの間やりたいことをやって、一般事務でもやるかと思っていました。

楽して生活費を稼ぎたくて、このブログを開設。 そんな折に出会ったのが「田舎フリーランス養成講座」です。

ブログだけじゃすぐには稼げないし、1人ぼっちは辛いし… といった悩みを解決できそうだったので、即申込みました。

色んな人に出会って、色んな価値観に触れて、自分と徹底的に向き合った1ヶ月。

貴重な体験は大きな財産となりました。

 

その後は、1人で海外旅行へ。

田舎フリーランス養成講座で手に入れたライターのスキルを使い、海外ノマドを経験しました。

体調を崩しまくったり、移動を繰り返しながら仕事するのが大変だったり…  ノマドワーカーの苦労を体験できたのが大きな収穫です。



長年の夢【ワーホリ】イギリスはロンドンでの生活

2018年3月からイギリスでワーホリを開始。

海外移住とイギリスは、わたしの憧れでした。

結果的にワーホリは失敗しますが、人生における重要な学びを得たので、イギリスまで行ってよかったです。

同時に、自分はこんなハイリスクを侵さないと学ばないのか、と落胆もしましたけど。

例えば、スリに遭ってヘコみまくったこと…

 

今を形成する価値観に出会う

ヴィーガンや1日1食、プラントベース、ミニマリズムに出会ったのもイギリス生活のおかげ。

移住してから4ヶ月経つまでに、高熱で1週間寝込むのを2回 経験。(高熱なんか人生で数えるくらいしか出したことない)

健康の大切さを身に刻みました。

このとき、本をたくさん読んで1日1食やヴィーガンを実践し、現在はプラントベースを意識する毎日です。

  • 菜食大国イギリス
  • 10歳から憧れ続けたイギリス
  • 飲食を離れたときにワーホリ当選
  • 移住先で滅多に出ない高熱を連発

これは偶然じゃないよな、と思うと、この時間も無駄ではありませんでした。

 

【ワーホリ失敗】途中帰国|ネガティブじゃないよ

イギリスのワーホリは最長2年間です。

わたしは1年で帰国しました。

ワーホリといえば、現地でワーキングビザを取ったり現地民と結婚して移住したりするのが、成功者の証です。

世間から見たわたしはワーホリ失敗者。

「途中で帰ってきちゃったの?w」とバカにされると分かっていても、不確実なもののために時間を費やす気にはなれませんでした。

手に入るかどうか分からないものにすがるくらいなら、時間を有効に使いたい。

何より、そこに全力投球して手に入らなかったら、それこそ時間の無駄なので…

まだまだ途中ですが、今も「有効に時間を使っている最中」だと思っています。

 

【帰国後】ゼロ・ウェイストと脱プラに出会う

イギリスから帰ってきた後は、のほほんと実家暮らしです。

祖父母の具合が良くないこともあり、今は実家にいるタイミングなのかなと思います。

同時に Twitter を始めたはいいものの、発信することなんてありません…  この先どうするか決まっていなかったので、当然ですね。

自分をミニマリストだと認識し、実家の部屋を片付け始めたのもこの頃。

 

そんな折【プラスチック・フリー・ジュライ】を発見します。

この少し前に 塩谷舞さん がゼロ・ウェイストについてつぶやいていたのを思い出し、色んなモヤモヤが消えていくような気がしました。

日本と海外の違い。

社会構造や生きることの矛盾。

社会に対するモヤモヤ。

ゼロ・ウェイストや脱プラスチックは、社会に自分の声を届ける手段だと思いました。

学歴も教養もない自分が政治や教育に口を出すことはできないけど、ゴミを減らすことなら、なにも持ってない自分でもできるなと。

 

情報発信する理由|自己肯定感アップの手段

わたしが情報発信をする理由は、自分自身が誰かの情報発信によって救われたからです。

とくに、エシカルやミニマリズムには、ピンとくるなにかがありました。

情報発信によって自分が救われたから、自分も誰かの役に立てるのではないかと思っています。 その思いが、自分で自分を認めることにもなります。

情報発信は自己肯定感アップの手段でもあるんです。

 

エシカルが自己肯定感をアップさせる

情報発信はもとより、エシカルという生き方も、自己肯定感アップにつながると思っています。

エシカルを心がけると、自分のことが好きになれるんです。

レジ袋を断るでも、マイボトル持参で使い捨てゴミを減らすでも、牛乳をやめるでもよし。

小さなことでも「善いこと」すると気分いいじゃないですか。善い行いをすると、自分が価値ある存在であること、幸せの中で生きていることを実感できます。

誰だって必要とされたいし、存在価値があると思われたいじゃないですか。

存在を否定されたら、人間なんてすぐ壊れてしまいます。

 

だから、生きるのが辛いときは、ほんの少しでいいから自分を肯定してあげなきゃ。

わたしも人生どん底だったときは、自己否定の塊でしたから…

人並みの幸せを感じるために必要なのは、自分を好きになること。エシカルは日常生活で自分の価値を感じ、自分を好きになる方法だと思うんです。

 

わたしの苦しみ|生きるの辛すぎワロタ

生きることがずっと苦しかったです。

小さい頃「橋の下で泣いてたお前を拾ってやったんだ」という親のセリフ( 昭和あるある )を真に受けて、押入れの中でずっと泣いてました。

虐待を受けていたわけではありません。

親の仲がちょっと悪い、ごく普通の家です。

ごく普通の、どちらかといえば恵まれた家に生まれたけど、幼稚園から高校まで浮いていて、無視されたり親友に見放されたり、心無い言葉を浴びせられたりした学生時代…

社会に出ても失敗ばかりで、20代半ばまで生きている意味が分かりませんでした。

何度も死のうと思ったけど、そんな勇気は到底なかった…

だから、全てを恨んで、友達が楽しそうに働く姿を横目で見ながら、自分の不幸を他人のせいにして生きていました。

社会や誰かのせいにすれば、自分を責めなくていいから…

 

それでも、やっぱり苦しかったです。

不満だらけじゃ、自分を嫌ったままじゃ、普通に暮らすこともできないんですね… 「生きなきゃいけないのに、生きるには苦痛だらけ」というのがわたしの苦しみでした。

 

自分と同じく救われる人がいるかもしれない

わたしにとって、エシカルやミニマリズムは、常識から抜け出して自分らしく生きる手段です。

こういう生き方もあるんだ。

こう考えると、楽になれる。

自分の直感は、正しかったんだ。

エシカルやミニマリズムの中で生きていると、自分の人生を自分でコントロールしている実感が湧いてくるんですよね。

こういう「生きてる感」の大切さを、伝えられればなと。

 

ただのエゴですけど…

それでも、毎日死にたいと願いながら生きるより、エゴにすがる方が遥かにマシですから。

自分が苦しんだからこそ、同じ悩みを抱える人に自分の人生を生きてほしくて、これまでの体験や集めた情報などを発信しています。

それでこそ苦しんだ甲斐があるってもんです。

 

わたしのミニマリズム【エコ意識が高め】

エシカルについて発信しつつ、とっつきやすくするため【ミニマリスト】を名乗っています。 たぶん、エシカルってみんな、あまりよく知らないと思うので…

個人としては「余白で楽に、豊かに生きる」のが目的です。

ミニマリストとして、必要最小限のモノで暮らすことで生まれた余白で、エシカルを実践する。

そもそも、エシカルって、心に余裕がないとできないんですよね。

環境や動物への配慮も、健康にいい食事も、どこかで苦しむ人への配慮も、まず自分に余裕がないとできません。

余裕がないと、自らの健康を損ない、じわじわと地球の未来をも奪い続けます。

 

だから、ミニマリズムでつくった余白で、本来なら必要のないロス、なくても生きていける犠牲などを減らしていきたい。

わたしたちが見えない恐怖に追いかけられることなく、心穏やかに暮らせるエッセンスになるのは「余白」かな、と思っています。

 

これから先やりたいこと|複業

【複業】を目指しています。

“ 副業 ”じゃないですよ。

というのも、ひとつのことをずっと続けるのって、結構しんどいから…

ライターの仕事は自分に向いているし、好きなんですが、ライターだけで死ぬまでやっていくのはちょっと退屈かなと。

すでに飽きてる部分もありますし…

フランス料理も、たまに食べるから美味しいんです。毎食だと胃もたれします。

 

それと同じイメージです。

仕事をいくつか持つことで、いつも新鮮な気持ちで働きたいなと。

職が変わると関わる人も変わるので、気分転換になりますし、得られる情報の幅も広がります。

 

ライターとブログは続けたい

ライターとブログは続けたいです。

一人で黙々と作業するのは得意だし、文章を書くのも嫌いじゃないので。 上手いか下手かは別として、自分に向いてる作業だと思うから。

ここにひとつ、行動的で、人と少し関わるような仕事を増やしたいです。

 

今はこんな感じで妄想してます😇

  • ライター
  • 発信業(ブログなど)
  • 飲食に関わる仕事

どれかひとつに全リソースを割いて稼ぐのもアリです。世の中的にはそれが一般的かも…

けど、複業は収入源が分散するので、どれかが頓挫してもなんとか生きていけると思います。

そういうリスクヘッジも大切かと。

 

飲食に関わる仕事をちょこっと

自分が飲食の仕事をはじめたのは、食べることと作ることが好きだったからです。

その気持ちは、今も変わりません。

なので、飲食に関わる仕事もつくりたいと考えています。

ひとつは、野菜を中心とした料理の研究です。 どちらかといえば研究家タイプなので、卵やバターが使えないお菓子作りとか、燃えます。

できれば、料理の専門学校で臨時講師になれるくらいまで、極めたいです。

ニューヨークでは、フォワグラが禁止になりましたしね。世界的な流れとして、 飲食のプロになる人たちこそ、知識としてでもいいので、ヴィーガンを知っておくべきだと思います。

自分が学生の頃に知らなかったからこそ、自分が教える立場に回れたらなと。



カーリーを気にかけてくれたら嬉しいです

1万字に及ぶプロフィールを長々と読んでくださり、ありがとうございました!

あなたのような優しい人がいるから、わたしはやりたいことを続けられています。

ここまで読んでくださって、思ったことや言いたいことなどあれば、お問い合わせからメッセージしてくださいね。

 

Twitter でも構いません🤤

アカウント名は @_car__rie_ です。

例えば、以下のようなツイートをしています。


地球の現状、環境や動物たちを守るためのアクション、心豊かな暮らしを実現するアイデアなどについて、つぶやいています。

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リプを飛ばしてどんどん絡んでくださいね! リア友いなくて寂しいので…

 

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