革命のファンファーレの感想【料理人=信用なし】でさらに絶望

キングコング西野さんの「革命のファンファーレ」を元気な状態で読み返しました。

元フレンチ料理人のcarlyです。

本を読んで「なるほどなぁ」と、色々な気づきがあったり違和感が解消されたりしていくなか、元料理人として気づいてしまったことがあります。

お金が信用を数値化したものだということは、給料が低い料理人は信用がないってことになると思ったんです。

その理由をちょっと解説していきながら、みなさんと共有したいなと思います。

お金 = 信用 を数値化したもの

学校では教えてくれない「お金」の正体は、「信用」であると西野さんは語ります。

それは、クラウドファンディングやVALUEが流行した今こそ感じることができる事実です。

このふたつの仕組みの根底にあるのは

  • その人がどういう人なのか
  • どんな価値を持っている人なのか

いうのがわからないとお金が生まれないということです。

きちんと自分が何者なのか、どんな価値を提供することができるのかを示すことができていればそれが「信用」となり、お金に変わるということですね。

 

一方で「お金は労働に対して支払われる対価だ」と昔からいわれていますが、これは今も変わらないと思っています。

わたしたちは会社に所属して、あてがわれた仕事をきちんとこなすことでその労働に対する価値を「お金」としてもらっていますよね。

「この人はこれだけの仕事をやるだけの信頼における人ですよ~」という具合に、仕事をやり遂げましたという証明書としてお金がもらえるということ。

そう考えると、料理人の給料が低いという事実は

  • それだけの金額しかもらえない仕事しかしていない人たち
  • これだけの金額分しか信用がない

ということになります。

そうだとしたらこれから先、料理人は確実にいなくなってしまう…

単純に食べていけなくなるだけでなく、信用が得られないんですからね。

事実、料理人として独立することはかなり難しいのが現実ですし。

 

【実体験】料理人は信頼されていないのは本当

「給料が低い = 料理人は信用されていない」という構図ができあがると、10年間料理人として生活してきた身として、いくつか思い当たる点がありました。

とくに、一人暮らしの部屋を借りるために不動産仲介業者を訪ねたときのことは印象深いので、棚に上げてお話します。

 

そのときは月収が15万だったので、申込書類に「年収180万円」と書いたら、仲介のおじさんに「これじゃ大家さんオッケーしてくれないから盛ってよ」といわれました。

本当のことを言っただけなのに、ダメ出しされた挙句「ウソをつきましょう」といい歳したおじさんにいわれるのです。

西野さん的に表現すると「環境がウソをつかせている」です。

  • 1日15時間
  • 週休1日での肉体労働
  • 長期休暇なし

の対価が「その仕事は信用に値しない」という宣告でした。

じゃあ誰が料理人になりたいと思う?

 

それに「料理人は給料が低い」というのはもはや一般常識で、それにくわえて厳しい上下関係や労働環境ときたら、料理人になりたい人が増えないのは当然のことです。

その事実が「信用度の低さ」を物語っていますよね。

誰だって意味もないのに疑われるのはいやだし、誰だって働いた分の対価は高ければ高いほどうれしいはず。

信用がないから料理人が増えないし、料理人が信用を生むためのツールである「料理」を安売りしなければいけない現状は、まさに地獄絵図そのものです。

 

なぜ料理人は信用されていないのか

じゃあなんで料理人は信用されていないの?って話なんですが、これはもはや日本の社会全体としての文化が原因です。

日本の外食シーンはディナーひとり5万円という世界もありながら、1個100円のハンバーガーから300円をきる牛丼まで「安くてウマい」が世の中に溢れています。

そして世の中の構成上「安くてウマい」を取る人の方が圧倒的に多いのです。

 

「料理人が信用されていない」理由は「安い・早い・ウマい」が革命的に外食業界を盛り上げた約20年前から、なにひとつアップデートされていないことが大きな原因です。

料理人は、知識と技術を料理に注ぎ込んで「モノで終わらせない」トータルサービスとして価値を提供します。

料理と一緒に、体験や思い出を売るんです。

一方で、ファストフードやファミレスでは、マニュアルに沿って大枠から外れないクオリティを「モノ」として提供し続けるための仕事が求められます。

とりあえずの空腹を満たす食事、お腹を壊さず食べれる食事です。

 

このふたつにはどちらも需要があって価値があるものであり、同じ世界に属しながらも交わらないモノであるはず。

パラレルワールドと言ってもいいのではないでしょうか。

なのに、未だに「早い・安い・ウマい = 正義」を引きずっているせいで、モノだけでない価値を売る料理人が価格競争に参入せざるをえないんです!

本来なら、モノだけでない価値を売る料理人の仕事とファストフードやファミレスの仕事は、同じ土俵にあってはならないと思います。

 

その世界で「モノだけでない価値を売る料理人」が価格を競って売り込もうとしても、安売りにしかなりません。

今は給料が上がらないことで若者は苦しく、薄利多売にも限界がある時代ですし。

  • いつまでも信用のない
  • 価値のない

仕事を人間がする理由はないので、将来は本当にロボットに仕事をとられます。

その方が効率よく生産性も高いし正確だし、長期的にみて人間を使うよりはるかにコストが安く済みますしね。

この異常事態から逃げ出さない限り、料理人の信用はいつまでも低いまま。

働き方改革の前に、仕事そのものや働くということの根本を深く考える必要がありますよね。

 

料理が仕事の人はみんな「料理人」

言ってしまえば、ファミレスやファストフードのキッチンの仕事だって料理人ですし、イタリアンや中華の修行をしてきた料理長だって、料理人です。

その世界を知らない人たちからしたら「どっちだって一緒」。

でも料理人はもちろん、労働や技術を含めた料理を安売りしたくありません。

赤字にならないギリギリより、もう少しお金をもらってもいいはず。

これは元料理人としてのエゴですが、消費者に

  • マニュアルに沿ってやる仕事と
  • 匂いや音で食材の状態を見極める仕事

が同じとは思わないでほしい。

しかし現実は「外食 = 安い」という常識によって、料理人が提供する価値に線引ができなくなっている。

生産者も消費者も、正しい価値がなんなのかどこにあるのか分からないという状況です。

 

  • 誰にも理解されない
  • 信用されない
  • 価値がない

と思われたら、料理人を辞めたわたしだってさすがに見て見ぬフリはできません。

本当に、正しい価値はどこへ行ってしまったのでしょう…

戻ってくるのでしょうか…

 

料理人は信頼されてない。事実を受け止める

この記事を書きながらかなりヘコミましたが、これが現実ということ。

だからといって

  • 料理人を辞めるかどうかや
  • 料理人になるべきではないかどうか

はまた別問題です。

料理人として著名人ほどの信用を集めている人もいるので「料理人になったら後悔するで!」とは言い切れません。

だからこそ「料理が好きで好きで好きで死にそうな人こそ料理人に向いている」という理由に説得力があります。

好きで好きで苦しいものを仕事にすれば、いくら苦しかろうが世間から虐げられようがツラくないからです。

 

  • 本当の価値が狂っている
  • 正当に評価されていない

のは料理人に限ったことではありません。(美容師とかも)

ただ、これまでに述べてきた「信用がないという事実」はいとも簡単に人をメッタ打ちにする。

人生を狂わさずに生きていくには、このような事実を知っておいてもいいかな、と思うのです。

 

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2 件のコメント

  • はじめまして。
    専門卒で某一部上場会社に入り、飲食業をやっていて、もっと古典な仕事がしたくて4月から都内の小規模レストランで働いてる者です。
    昨年から更新楽しみにしてます。

    今までただひたすら何も考えずやってきましたが、そうですか、低賃金、長時間労働の上、信用もないんですかねぇ…
    目標はあるにしろ、少し考えさせられますね…

    • コメントありがとうございます!
      このブログで書いたことはわたしが体験したことや思ったことばかりなので、一部にはこういう面もあるよという感じで受け止めてもらえればうれしいです。
      わたしの料理人の仲間にも、がむしゃらにやっている人もたくさんいますし。
      skさんが料理人を続けていてデメリットがないようであれば、ぜひとも仕事を続けていただきたいと思います。

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